武塙通信vol.9 東尋坊
義父が一人で北陸旅行に行ってきたそうだ。お土産を渡したいから週末に九品仏の家へ遊びに来るように、と義母を通して康司を通さず、私に連絡があった。そういうわけで土曜日は昼から義母の手料理のローストビーフや白身魚のマリネ、ひよこ豆と蟹のサラダ、焼いたパプリカやパエリヤなどを食べて全員ビールやワインをよく飲んだ。食後にはコーヒーや紅茶、ハーブティーなど皆が好きなものをそれぞれ飲むのでその前に食卓の上をいったんすべて片付ける。義父が立っていって小さく鼻歌を歌いながらキッチンで洗い物を始めた。この家ではいつもそうで、朝食も昼食も夕食も義父が洗い物を担当する。その間ただぼんやり座っているだけというのもどうかと思って落ち着かず、初めの頃は「お皿、拭きましょうか」などと聞いたけれど、いやいや、座っていてと必ず断られるので最近はもう聞かないことにした。義両親の家で一度もキッチンの手伝いをしたことが無いと言うと友人達には驚かれるが、ラッキーと思って私はでんと座っている。皿洗いを終え、コーヒーポットを片手に戻って来るとふうと一息つき、義父がテーブルについた。
「ところでお義父さん、どうして今回は北陸へ?」
食事中は大相撲やラグビー、義母が時々通うイギリス人の先生による料理教室のことやタルトタタンが美味しい鎌倉のケーキ屋の話、最近読んでいるミステリー小説についてなど話していて、肝心の義父の一人旅についてはまだ一言も聞けずにいた。